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最高裁判所大法廷 昭和31年(し)49号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件記録によると、所論の起訴状謄本は、昭和三一年三月一五日執行吏代理により、当時被告人が在監していた大阪拘置所の所長宛で同拘置所長の代理者に送達されたが、右謄本は同拘置所の係官が誤って当時在監中の被告人と同姓同名の者に交付され、本件被告人は遂にこれが交付を受けなかった事実を認めることができる。

在監者に対する書類の送達は刑訴五四条によって準用される民訴一六八条に従い、監獄の長にこれを為すべきものであり、刑訴二七一条の起訴状の謄本の送達についても右民訴一六八条の準用のあることは言を俟たないところである。しかし、起訴状の謄本を被告人に送達するのは、予め被告人に起訴状の内容を了知せしめ公判期日における防御のための準備を十分につくさせるためであり、若し所定の期間内にその送達がなされないときは刑訴二七一条二項において公訴提起の効力を失う効果を附したのも被告人の防御権を保障する趣旨にあることが明らかである。しかるに、本件のように起訴状の謄本が拘置所長の代理者に送達されたが、係官の過誤により被告人には全然交付されず、被告人の責に帰すべきなんらの事由もないのに全くその内容を知ることも得なかった特殊の場合にも、なお、有効に公訴提起が持続するものとして、被告人が無防御のまま公判期日に臨まなければならないとすることは、被告人にとって酷であって、前記起訴状の謄本送達に関する法意に副わないものといわなければならない。然らば、本件においては、被告人が起訴状の内容を知らされず、これが防御のための準備の機会をも与えられなかったことは、起訴状の謄本の送達のなかった場合と同様であるから、本件公訴の提起はさかのぼって、その効力を失ったものといわなければならない。原決定の理由として判示するところは、必ずしも相当といえない部分があるが、本件に関するかぎり、その結論においては結局正当なるに帰する。抗告理由が判例違反の主張に引用する当裁判所判例は、上告趣意書提出最終日指定通知に関するものであって本件に適切でなく、従って本件抗告の適法な理由とするに足りない。

よって本件抗告を棄却すべきものとし、刑訴四三四条、同四二六条一項により主文のとおり決定する。

この決定は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔)

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